中央線沿線を巡るアートフェス
まち・人・アートをつなぐ

地域における文化芸術活動の核として、近年全国各地で地域芸術祭が注目を集めている。単なる展覧会にとどまらず、町や自然環境そのものを舞台に作品を展開し、観光や交流を創出する仕組みが特徴である。日本における地域芸術祭の代表例として、瀬戸内の島々で開催される「瀬戸内国際芸術祭」は2022(令和4)年に延べ約72万人を動員し、経済波及効果は103億円に達した(※1)。新潟県の里山を舞台とする「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」でも例年50万人以上が来場しているほか(※2)、都市型の「横浜トリエンナーレ」においても2020(令和2)年に約15万人の来場で23億円の効果を生み出しており(※3)、芸術祭が地域経済に寄与する産業的側面を示している。
一方で、経済産業省は2022(令和4)年に「アートと経済社会について考える研究会」を設置し、アートを経済や地域社会を支える力と位置づけ、相互発展につながる仕組みを検討しており、機械やAIでは代替できない創造性や感性、地域固有の文化を価値創造の中心に据えることが今後より重要になると示している(※4)。SDGsの観点からも「住み続けられるまちづくり」「多様性と包摂」が求められるなか、芸術祭は世代や国籍を超えた交流を促進する有効な手段となり得る。
こうした潮流のもと、多摩地域を含むJR中央線エリアに2021(令和3)年、「Center line art festival Tokyo / ClafT(中央線芸術祭)」が誕生した。日常空間をアートの舞台に変えながら、まちと人を結び、文化の持続的なインフラを築こうとする取り組みを取材した。
※1:瀬戸内国際芸術祭実行委員会事務局 2022(令和4)年
※2:十日町総括報告書2024(令和6)年
※3:横浜市文化観光局事業計画書 2023(令和5)年度
※4:アートと経済社会について考える研究会

[参考]札幌国際芸術祭2024開催に伴う事業効果検証業務報告書/「国際芸術祭あいち」WEBサイト
ポイント
課題の背景・活動のきっかけ
● コロナ禍で生まれた「文化のインフラ」
2020(令和2)年、新型コロナウィルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言を受け、全国の美術館やホールが閉鎖され、多くのアーティストが活動の場を失った。ClafTを主催する「一般社団法人 Co-production of art Works-M」代表で、フェスティバルディレクターの三浦宏之さんもその一人。舞台芸術を中心に活動していた三浦さんは「アーティスト自身が持続可能な表現の場を構築する必要がある」と痛感し、アーティストが自ら運営企画を行う新しい文化インフラの構想を立ち上げた。これが2021(令和3)年に始動した同芸術祭の原点となっている。
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| 岩塚一恵さんのインスタレーション『rubato』 | 廃棄されたDMの声を伝えるスズキタイトさんの作品『Discarded Message』 |
● アートを通じた人・まち・文化のネットワークをつくる
三浦さんの目指す「文化インフラ」とは、水道管や鉄道のように、人と人、まちとまちをつなぐ文化的ネットワークを形成すること。東京中心部から多摩地域へと続く中央線は、各駅が個性的な街並みと文化を育んでいる。行政区の枠を越えて複数のまちを一体的に結ぶ「回遊型の芸術祭」という発想は、地域文化を横断的に連携させる新たな試みである。「各会場を回遊することで、地域を超えた人・まち・文化のつながりが創出される」と三浦さん。「展示だけでなく、まちの景観や、展示から展示に電車などで移動する間も含めて楽しんでいただきたい」と回遊型芸術祭ならではの楽しみ方を提案する。
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| 金暎淑さんの対話プロジェクト『あなたの驢鳴犬(ろめいけんぱい)をお聞かせください』 | Daniel Monsalveさんのメディアアート作品『本郷』 |
● 郊外に根付く「生活文化」とアート
三浦さんは「当初は東京駅から青梅まで広げるという大きな構想を抱いていたが、少しずつエリアを広げていくなかで、23区内にはない多摩地域の有する独特の面白さに気づいた」という。中央線沿線には、古い商店や町工場、自然と共存する住宅地、そして美術系大学など、多摩地域ならではの生活環境が広がり、都心とは異なる郊外の文化が息づいている。「都会の現代的なハイ・アート(※5)に対し、多摩には生活に密着した民芸の趣がある。各駅によっても特色が異なり、地道に活動しているアーティストも多い。今後は23区ともジョイントさせつつ、さらに多摩地域を深堀していきたい」と展望を語る。
※5:芸術性や文化的価値が特に高いとされる高度な芸術

a.c m-laboratoryさんのインスタレーション『Asleep〜眠りについて〜』
活動の特徴
● 中央線を軸に展開する回遊型芸術祭
徐々に規模を拡大しつつ5回目を迎えた2025(令和7)年は、9カ国・地域から56組のアーティストが参加し、中野駅から国立駅、一橋学園駅に至る16会場で展開された。展示に限らず、体験型・参加型のプログラム、落語やパフォーマンスなどジャンルも多種多様であった。複数会場を鑑賞できる共通パスポート「ClafT PASS」を導入し、観客は1枚のパスで開催エリアを巡ることができる。アートが「まちを歩くきっかけ」となり、地域の魅力を発見する文化的回遊を創出している。

三浦宏之さんのインスタレーション『Material landscape』
● 街中が美術館に
アート展示といえば白い壁に囲まれたギャラリーや美術館を思い浮かべるが、同芸術祭の舞台はまちの風景や人々の暮らしのなかに散りばめられる。「小金井 宮地楽器ホール」でスタートし、サツマイモ畑や都民農園での野外展示、旧国立駅舎、商店街の空き店舗など様々な場所が会場になった。国立駅からほど近い国登録有形文化財「沖本家住宅和館」では、日本画家・藤生百音さんによる個展『余白に鳥はうたう』が開催された。緑の木々に囲まれた和室の畳や棚には鳥をモチーフにした作品が並び、藤生さんは「庭からは鳥のさえずりも聞こえて、作品が歓迎されているよう」と話す。「和紙や岩絵の具など自然の力を借りて描くことを大切にしているので、自然が響いてくるこの空間と絵がとても調和している」と感じているという。
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| 国登録有形文化財 沖本家住宅和館で開かれた藤生百音さんの個展『余白に鳥はうたう』 | 隣接する沖本家住宅洋館にあるカフェの利用者も多く来場した |
● 若手作家の登竜門としての成長
藤生さんは、2024(令和6)年の同芸術祭の公募展「Space Sharing Program(スペース・シェアリング・プログラム)」に応募し、グループ展への参加を契機にオファーを受け、本年は個展として、より多くの作品を披露するに至った。若手や海外作家にも門戸を開く同プログラムは、5年の継続を経て初回出展者が国際芸術祭に招かれるなど、次世代アーティストの登竜門たる役割も果たしている。また、現代美術から陶芸、ドローイング、さらには落語とのコラボレーションに至るまでプログラムのジャンルも多岐にわたり、多様な表現が交差することで、鑑賞者にも新しい視点をもたらしている。

緑にかこまれた「沖本家住宅和館」で日本画家の藤生百音さん
● ボランティアスタッフ「Clafters」の活躍
同芸術祭において、ボランティアスタッフ「Clafters(クラフターズ)」が欠かせない存在である。学生、社会人、シニアまで幅広い層が、受付や運営にとどまらず、作品の背景や作家の想いを来場者に伝える架け橋となって活躍し、年々リピータ―も増加している。事務局長を務める田中麻美さんは「会期中に複数プログラムを同時運営し得るのは、Claftersの力があってのこと」と強調した。
● 生活の延長線上にあるアート体験
「仕事帰りにパフォーマンスを鑑賞して豊かな気持ちになった」「自分の家の近隣でこのような素晴らしいアートに出会えると思わなかった」という声が来場者から寄せられる。同芸術祭は暮らしの延長線上に文化体験を届けており、都心の美術館に出かけなくとも身近な場所でハイクオリティなアートに触れることが可能となる。地域住民にとっては、自分のまちを誇りに思う契機となり、アーティストにとっても日常と創作が交わる新たなフィールドとなる。アートが生活の一部となることで、地域の文化的豊かさを底上げしている。

旧国立駅舎で開かれた三浦晃さんの写真展『Musashino Landscape』
目指す未来
中央線沿線の街々を橋のように結び、東京の西側に芸術と交流の村のようなかたちをつくること。
アートを通じた「文化のインフラ」が人と人がつながり助け合える関係を築くこと。
パートナー・関係先
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■お話を伺った人 一般社団法人 Co-production of art Works-M |
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| コロナ禍に「表現のジャンルにとらわれず、表現者自らが生み出す、持続可能な表現の場の創出」という構想のもとで始まった芸術祭も5年目を迎え、アートとまち、人のつながりが少しずつ育ってきています。見慣れた風景のなかで、アーティストたちの多様な発想と出会い、地域に新しい喜びや豊かさが生まれていることに意義を感じています。今後はエリアをさらに拡大し、作品の内容も幅広く展開しながら、アートを通じて人と人が出会い、地域コミュニティの結びつきを育てていきたいと思っています。 |







