2025.04.01
府中市

散歩中に気軽に立ち寄れる美術館
日常風景のなかの役割とは

府中市美術館[2022年7月取材]

 東京都では、2030(令和12)年度までの都の文化行政の方向性や重点的に取り組む施策を「東京文化戦略2030~芸術文化で躍動する都市東京を目指して~(※1)」で示している。この背景には、2020(令和2)年からのコロナ禍で、芸術文化の分野でアーティストや文化芸術団体などの多くが活動縮小を余儀なくされたことがある。しかし一方で、コンサートのライブ配信や展覧会のバーチャル鑑賞などデジタルテクノロジーの活用も進んだ。

 こうした知見を踏まえ、「東京文化戦略2030」では芸術文化の力で経済の活性化や都民の生活を豊かにする戦略(下図1参照)と、そのための推進プロジェクトが掲げられた。その一つに、人々のウェルビーイング実現の環境整備について、芸術文化の敷居を低くする「地域活性化プロジェクト」がある。自治体の施設や地域団体などとの連携を強化し、地域振興にも寄与する新たな仕組みの構築が推進されることとなった。

 多摩地域には芸術文化系の大学や学部も多く、美術館や博物館、伝統文化資源も各地に存在する(下図2参照)。また、公共空間に設置されるパブリックアートや、漫画・アニメの舞台となっている地域もあり、芸術文化をいかに根付かせていくかが多摩地域の今後の課題ではないだろうか。暮らしと美術を20年以上つないできた取り組みについて、府中市美術館を取材した。

※1:2020(令和2)年3月策定

◎府中市美術館

ポイント

課題の背景・活動のきっかけ

●新型コロナウイルス感染症拡大による芸術文化の分野への甚大な影響

2020(令和2)年からの新型コロナウイルス感染症拡大により、アーティストや文化芸術団体などの多くは活動の縮小を余儀なくされた。文化庁の「文化芸術活動に携わる方々へのアンケート(※2)」によれば、2020(令和2)年3月から8月の文化芸術活動による収入が「ほぼ0%になった」との回答は、全体の40%を超え、多くの回答者が生計の維持や活動の継続に不安を抱えていたことがわかる。

※2:文化庁文化経済・国際課「文化芸術活動に携わる方々へのアンケート」の調査結果 2020年12月発行

 

●緑あふれる公園内の文化芸術拠点

府中市美術館は2000(平成12)年10月、都立府中の森公園内に開館。1990年代に「府中らしい美術館のあり方」について市民参加で議論を重ねた上で、気構えずに日頃から美術を楽しんでもらいたいと、コンセプトを「生活と美術=美と結びついた暮らしを見直す美術館」とする。

●自由に出入りできるエリアもあり市民の憩いの場に

館内は、観覧料が必要な2階の展示室エリアのほか、誰でも自由に出入りできるエリアも広い。1階にはカフェやミュージアムショップ、公開制作室、美術図書室、市民ギャラリーなどがある。美術図書室には約7万冊の図書や雑誌を収蔵。美術書のほか児童書も多数揃っており、来館者が自由に閲覧できるため、散歩中に立ち寄る市民も多く、憩いの場所となっている。

公開制作室

美術図書室

 

活動の特徴

●コンセプトは美術を身近に感じる、楽しむこと

同美術館が目指す美術館像について、副館長補佐兼学芸係長(取材当時。2023年4月より副館長)の鎌田享さんに伺うと、「美術館は日常の生活から少し気持ちを切り離せたり、いつもと違う視点を持つことができる場所。じっくり作品を鑑賞したり、深く感動しなくても、まずは足を踏み入れていただき、美術を身近に感じてもらいたい。気軽に楽しんでもらい、気分転換の目的で来てもらえるような場所を目指しています」とのこと。開館から20年以上が経ち、同美術館の特徴や取り組みは広く認知され、近隣在住者のみならず都心部や地方などからも来館者が訪れる。

光が差し込み明るい館内

 

●作品誕生のプロセスが観られる公開制作室

府中市美術館の特色の一つである「公開制作室」では、現代を生きるアーティストが実際に制作する姿を見ることができる(※3)。期間中はアーティストが美術館に通い、ガラス張りの空間で2〜3か月をかけて作品を仕上げていく。完成後の作品を観るだけではわからない、作品がどうやってつくられるのか、アーティストがどのようなことを考えて制作するのかという過程を垣間見ることができる。この取り組みは開館以来続く貴重な取り組みであり、繰り返し観にくる来館者も珍しくない。アーティストの側からしても、他者と触れ合いながらつくる貴重な機会と捉えられている。

※3:期間中、作家の来館は不定期。制作日以外は制作途中または完成した作品が観られる

過去の公開制作より 幸田千依「空と競馬場」

 

●国内外の様々な美術をテーマにした展覧会

2階の企画展示室では年間5〜6回、国内外の様々な美術をテーマにした展覧会を開催する。展覧会の特徴について伺うと、「必ずしも有名な作家の作品や、誰もが知っている作品を展示するのではなく、これまでにない新しい視点から作品を紹介することで、府中市美術館でしか観ることのできない展覧会となっています」と鎌田さん。例えば、それまでアカデミックで敷居の高いものと捉えられがちだった江戸時代の絵画を、「かわいい」という現代的な切り口で紹介したユニークな企画展(※4)などがある。7名の学芸員がそれぞれの研究や調査を踏まえたオリジナリティのある企画を立てる。

※4:2013(平成25)年3月9日〜5月6日「かわいい江戸絵画」展

2階にはコレクション展用と企画展用の展示室がある

 

●学校教育や社会教育とも連携

教育普及活動として、学校や社会教育機関と連携し、鑑賞教室やワークショップなどにも積極的に取り組む。府中市内の小学生は在学中に必ず一度は同美術館を訪れ、展覧会を鑑賞する(美術鑑賞教室)。学芸員が一方的に説明するのではなく、絵の中の人物の気持ちを想像してみたり、クイズにしてみたりなどの工夫を凝らしつつ、たくさんの作品の中から少しでも面白い、良いと思う絵を子ども自身が見つけることで、美術に興味を持つ入口になることを目指す。ほかに館内の「創作室」では、つくる楽しさ、描く楽しさを体験するワークショップを年間を通して大人子どもを問わずに提供する。

創作室

 

●2025年に開催される展覧会(予定)

3月15日(土)〜5月11日(日) 司馬江漢と亜欧堂田善 かっこいい油絵

5月25日(日)~7月13日(日) 橋口五葉のデザイン世界

7月26日(土)~9月7日(日)  ぱれたん旅行社 ゆめの旅

9月20日(土)~12月7日(日) フジタからはじまる猫の絵画史 藤田嗣治と洋画家たちの猫

12月20日(土)~2026年3月1日(日) 小出楢重 新しき油絵

2026年3月14日(土)~5月10日(日) 長沢蘆雪

目指す未来

地域の美術館という身近に美術を感じられる場所を大切に守り、美術に親しむ人を増やしていくことで、これからを生きる人々に、自宅とも、学校や職場とも違う第3の場所や新しい視点を提供すること。

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