2025.02.01
調布市

日本の米と農業を未来へつなぐ
代替コーヒー「玄米デカフェ」

株式会社MNH [2024年12月取材]

 高度経済成長期以降、日本人の食生活は米と魚、野菜中心から、肉や油を使った食生活へ大きく変わってきた。その結果、主食である米の1人あたり年間消費量は2021(令和3)年度には約51kgと、1965(昭和40)年度と比較して半分以下に減少した。また食料自給率(カロリーベース)も73%から38%と約半分になっている。もともと自給率が高かった米の消費が減った一方、飼料や原料の多くを輸入に頼る畜産物や油脂類(※1)の消費が増えたことが、食料自給率全体の低下にもつながっている。

 日本の食料自給率を上げることは、農業という産業の維持だけでなく、世界の事情に頼らずに国内に食料を安定供給するため、日本の豊かな食文化を守るためにも重要で、そのためには日本に暮らす私たちが、今以上に米の良さを感じることが大切である。

 こうしたなか、米の新たな価値を創出する取り組みが国内外から注目されている。精米前の米である玄米を焙煎して作る「玄米デカフェ」がその一例である。玄米からノンカフェインでカラダに優しい商品を生み出すことで、米の需要拡大とともに日本の農業の課題解決をも目指している、調布市にある株式会社MNH(エムエヌエイチ)を取材した。

※1:畜産物とは乳・肉・卵およびその加工品と脂肪など。油脂類とは肉の脂身やラードなど常温で固体の脂肪と、コーン油や大豆油など常温で液体の油。

◎株式会社MNH

ポイント

課題の背景・活動のきっかけ

●約60年間で大きく変化してきた日本の農業

1965(昭和40)年から2021(令和3)年までの約60年で、日本の農業従事者(※2)は約1/6に減少、さらにその平均年齢は67.9歳と高齢化も進んでいる。また、耕作されずに放置、荒廃してしまった農地の増加や宅地などへの転用によって農地面積が約3/4に減少した一方、生産者1人あたりの農地面積は拡大している。このように日本の農業を取り巻く状況は大きく変化している。

※2:基幹的農業従事者。農業就業人口のうち普段仕事として自営農業に従事している人

●2024年夏の「令和の米騒動」の原因は

2024(令和6)年8月頃から、食料品店などでは米が次々に在庫切れになり、「令和の米騒動」と呼ばれて注目を集めた。その主な原因としては、2023年度産の米の不作、インバウンドによる国内消費や輸出の増加、南海トラフ臨時火山情報(巨大地震注意)の発令(※3)を受けた備蓄増加などがあるとみられている。しかしより根本的な問題として、米は国の減反政策(※4)により、年ごとに予想される需要ギリギリの量を生産してきたこともあり、2024(令和6)年のような需要の急な高まりによっては不足しやすい農産物ともいえる。

※3:8月8日に発表された「南海トラフ地震臨時情報・巨大地震注意」

※4:生産過剰の米の生産量を調整するための政策。 1971(昭和46)年に本格導入され2018(平成30)年まで続いた。米の作付面積の削減を目指し、米農家に転作を支援する補助金を支払うことで生産量の調整を図った。

 

●独自の発想で開発した食品や飲料を手掛ける

「みんなで日本をハッピーに!」という理念のもと、国内で独自の発想を活かした食品や飲料の開発・販売をする株式会社MNH。2008(平成20)年の設立当初から、ものづくりを通して地域活性化を目指す企業として、開発した食品や飲料を自社製造ではなくその地域の工場に委託している。また、業務の一部をその地域の福祉作業所(※5)に委託することで、各地域で新しい連携を創出し、商品が売れれば売れるほど地域が潤うというビジネスモデル「地域商社モデル」を始めた。これまでに、高尾山薬王院の限定みやげ「髙尾山かりんとう」や全国各地で売られる「ゾンビスナック」などを開発・販売している。

※5:一般企業の職場での就労が困難な人に働く場・生活交流の場を提供する場所

調布市調布ケ丘にある本社。一階は工場

活動の特徴

●国産の玄米を使用したカフェインを含まない飲み物

同社の代表的な商品である「玄米デカフェ」は、米の甘みと玄米の香ばしさが香る、素朴で優しい飲み物である。一般的にデカフェとは、カフェインを含む飲み物や食べ物からカフェインを取り除いたもののことで、ものにより僅かにカフェインが含まれることもあるが、同社の玄米デカフェは完全にカフェインゼロ(ノンカフェイン)。見た目はコーヒーにごく近いが、より優しい味わいと香ばしい香りで、コーヒー同様にペーパードリップで楽しめる。原材料の玄米は食物繊維やビタミン、ミネラルを豊富に含んでいるので健康志向の人や妊娠中・授乳中の人、就寝前に飲みたい人などに人気がある。また、コーヒー豆は近年、主要生産国の天候不順などによって生産量が減少し、価格が高騰している。そのため玄米デカフェは代替コーヒー(※6)としての需要も高まっている。

※6:コーヒー豆を使わずにコーヒーに似た風味を味わう飲み物のこと。代用コーヒー、オルタナティブコーヒーともいう。

自社の玄米デカフェは訪問客にも振る舞われている

 

●3年かけてオリジナルレシピを開発 山形県庄内町で焙煎

玄米デカフェの始まりは2011(平成23)年。当時、山形県庄内町では雇用創出と地域活性化が大きな地域課題となっており、庄内町から相談を受けた同社代表の小澤尚弘さんが自ら開発した。「庄内町の特産物は米。そのため米を使う商品が町にとって最重要と考えましたが、玄米デカフェに辿り着くまでにはカステラ、スナック菓子、まんじゅうなど試行錯誤しました」と小澤さん。見よう見まねで玄米をフライパンで煎ることから始め、焙煎深度と粒度のバランスが取れたオリジナルレシピの完成までには3年を要した。同商品は現在、山形県庄内町の米蔵を改装したアトリエ(共同加工場)で焙煎されている。

玄米デカフェは12種類。同社オンラインショップのほか、京王線・京王相模原線調布駅直結のトリエ京王調布(毎月開催)や全国の百貨店(不定期開催)で期間限定販売する

山形県庄内町の米蔵を改装したアトリエで焙煎されている(共同加工場)

 

●カフェインを気にする人が多い海外にも販路を拡大

日本の人口減少の一方で世界人口は増加しており、玄米デカフェは輸出産品としても多いに期待されている。海外ではカフェインを気にする人が国内よりもずっと多く、代替コーヒーも昔から飲まれている。同社の玄米デカフェは現在、アメリカ・ロサンゼルスのおにぎり店(※7)で販売されているほか、サンフランシスコの寿司店でも提供されている。米を食べない国の人たちに米そのものを売ることは難しいが、飲み物であれば受け入れられやすい。しかも玄米デカフェは米より軽く、輸送費も経済的である。

※7:KNT-CTホールディングス株式会社の「コメイノベーション事業」第一弾となる店舗「ONIGIRI SUN」にて「アイス玄米カフェ」「アイス豆乳ラテ」を販売

アメリカ・ロサンゼルスのおにぎり店

 

●余った米に付加価値をつけて高く買われる商品に

米農家は米で生活しているため、なかなか量を減らせないのが実情である。また、その年の収量は天候によって増減するので予測は難しい。そのためどうしても年によって米が余ることがある。「そのような時に作るものといえば昔は米粉、煎餅、団子などだったが、製造数量の最小単位が多く、新商品の開発は難しかった。しかし、うちの玄米デカフェなら18kgから作れるので小さな個店でも作れます。余った米が高く買ってもらえる商品になれば、米農家さんを少しでも支えることができます」と小澤さん。製造のハードルを下げることにより、全国のJAや農家などから玄米デカフェの注文が入るようになり、近年の売上げは当初の5、6倍に。同社ではこのような取り組みをこれからも進め、米農家だけでなく、ひいては日本の未来の農業や食文化を守りたいと考えている。

 

●コミュニティ工場と福祉作業所との連携

本社一階はコミュニティ工場と呼ばれており、現在、引きこもり経験を持つ5名が社会復帰へのステップとして、ここで菓子の梱包や食材加工などをしている。働きやすい仕事の場をつくることで生きづらさを抱える若者などを支援し、働く喜びを提供するだけでなく、彼らを地域の資源として人材不足の解消にもつながる取り組みである。同社ではこのコミュニティ工場の仕組みを全国に広げたいと考えている。また、障がい者への就労サポートなどを行う福祉作業所とも連携しており、こちらには主に商品の最終包装作業や製造などを依頼する。現在、全国17か所の福祉作業所と連携している。

コミュニティ工場

目指す未来

日本国内で高付加価値のものをつくって売ることで、支えるべき人を支えること。誰もが喜びを感じて働ける社会を創造すること。

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