2024.12.01
西東京市

人の数だけキャリアがある
「ことを成す」人を育てる教育とは?

武蔵野大学アントレプレナーシップ学部[2023年11月取材]

 厚生労働省が発表する「就職状況調査(※1)」によれば、2022(令和4)年度の大学・短期大学・高等専門学校および専修学校卒業者の就職率(就職希望者に対する就職者の割合)は97.3%であった。一方、就職後3年以内の離職率(※2)は、新規高卒就職者で35.9%、新規大卒就職者で31.5%と、いずれも3割以上が早期離職をしている。

 さらに「雇用動向調査結果(※3)」によると、中途採用者の「前職を辞めた理由」として挙げられるのは、給与や休日、労働時間などの労働条件、職場の人間関係、会社の将来性への不安、仕事内容への不満などである。

 こうした課題の背景には、若者の仕事に対する価値観の変化や、職業意識や目的意識と雇用のミスマッチがあるとされ、国によって教育の各段階を通じて、社会的自立に必要な能力や意欲を育むキャリア教育の推進が図られている。小学校・中学校・高校においては、児童や生徒が自ら学びを記録し振り返る「キャリア・パスポート」の導入や、地元企業と連携した職場体験やインターンシップなどが行われている。

 また、起業家精神を養うアントレプレナーシップ教育も注目されており、2021(令和3)年、武蔵野大学に日本初のアントレプレナーシップ学部が開設された。次世代リーダーを育成するスペシャリストであり、学部長の伊藤羊一氏に同学部の現状や学生たちの変化について伺った。

※1:厚生労働省「令和4年度大学等卒業者の就職状況調査(令和5年4月1日現在)」2023(令和5)年5月
※2:厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(平成 31 年3月卒業者)を公表します」2022(令和4)年10月
※3:厚生労働省「-令和4年雇用動向調査結果の概況」2023(令和5)年8月

◎武蔵野大学アントレプレナーシップ学部

ポイント

課題の背景・活動のきっかけ

● 自身の就職活動に対するアンチテーゼから

学部長の伊藤さんは東京大学経済学部卒業後、日本興業銀行に入行した。周囲と同様に就職活動を行ったが、自分の目指す方向性が明確でないまま就職した結果、仕事に対するモチベーションを見失い、心身に不調をきたした。しかし、周りの助けにより少しずつ立ち直った経験を持つ。「何をしたらいいか分からない、自分の強みが分からない学生がいっぱいいる。才能と情熱を解き放ち、自分の意思で考えてチャレンジする人を育てたい」という伊藤さんの思いは、武蔵野大学西本照真学長と意気投合し、同学部の設立に至った。

 

●失われた30年に求められるマインド

1990年代から2020年代にかけての日本経済の長期停滞期、いわゆる「失われた30年」は、バブル崩壊がきっかけとされているが、伊藤さんは「1995(平成7)年の『Windows95』の登場に大きな要因がある」と話す。この「インターネット元年」を皮切りに自由な発想で広がるインターネット時代が到来し、アメリカではGoogle、Apple、Amazonを始めとするテックジャイアントが急成長した。一方、日本ではそのようなマインドを持つ企業が少なく、経済は停滞を続けた。再び日本が成長するために必要なマインドに目を向け、同学部では「アントレプレナーシップ(起業家精神)」を「高い志と倫理観に基づき、失敗を恐れずに踏み出し、新たな価値を見出し、創造していくマインド」と定義し、その育成に力を入れている。

●文部科学省でもアントレプレナーシップ教育を推進

起業家精神を養うアントレプレナーシップ教育について、文部科学省では2017(平成29)〜2021(令和3)年度にかけて「次世代アントレプレナー育成事業」を実施し、複数の大学が連携して授業や研修、シンポジウム、ビジネスコンテストなどに取り組んできた。同省ではこれを「スタートアップ・エコシステム形成支援」へと移行し、5年間をかけて社会に新たな価値を生み出す人材の育成に力を入れている。

 武蔵野大学アントレプレナーシップ学部の学部長や教員が中心となり開設された
スタートアップスタジオ「Musashino Valley(ムサシノ・バレー)」

活動の特徴

●起業だけがゴールではない

同学部が目指すのは、「自分の思考と行動で、世界をより良い場所にできると本気で信じる人を増やす」こと。学部の名の通り、学生たちは授業の中で起業を目指すが、必ずしも将来的に起業することだけが目標ではない。伊藤さんは「学生たちがチャレンジして失敗しながら、新しい価値を生み出していくことを学び、自分は何者なのか、どういうことがしたいのかをとことん考え、それを育てていく4年間にしたい。その先の進路についても、そもそも働くというのはどういうことかを、従来の就職活動の筋道の中ではなく、自分の意思で考えられる、そんな学生を育てる学部です」と話す。

 

●現役の実務家に学ぶ、実践中心のカリキュラム

実践科目のほか、社会への好奇心やチャレンジ精神を育む科目、アイデアを形にするためのスキルを学ぶ科目などで構成され、教員陣には起業家やベンチャーキャピタリスト、マーケティングやテクノロジーの専門家、法律や政治の専門家など、現役の実務家が名を連ねる。さらに、ゲスト講師としてアントレプレナー(起業家)が週替わりで登壇し、学生たちは企業とのワークショップやイベント、インターンシップなどを通して、カリキュラムの中で社会とつながり、成長していく。

 

●1年次は全員が学生寮で共に学ぶ

1年次では、全員が学部長や教員とともに1年間の寮生活をする同学部の学生たち。「最初は話すことを苦手だと思っている学生も、いつの間にかプロジェクトについて夜な夜な議論するようになる。特に日本では迷っているときは発言しないという傾向があるが、迷いを言葉にすることで、思いがどんどん明確になっていく」と伊藤さん。プロジェクトや授業で刺激を受け、アウトプットする前にそれを誰かと話す場はとても重要であり、他者とのコミュニケーションを通じて大きく変化するという。

 

アントレプレナーシップ学部のある武蔵野大学武蔵野キャンパス

目指す未来

自分の思考と行動で、世界をより良い場所にできると本気で信じる人を増やすこと。常に変化と変革を重ねながら学びを醸成し、この学びを一般化して全国に広げていく。

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