現代社会で「貧困」は依然として大きな課題である。日本における貧困とは、発展途上国の人々が生きるために必要最低限とされる生活水準が満たされず困窮している「絶対的貧困」とは異なり、その国や地域の水準と比較して大多数よりも貧しい状態のことを指す「相対的貧困」であることが多い。具体的には非正規雇用者、シングルマザーやシングルファーザー世帯、高齢者に多く見られ、低収入のために生活費や教育費を十分に賄えない状況で社会問題となっている。その理由はそれぞれの事情に起因しているため、自己責任のように思えるかもしれないが、俯瞰して見ると社会に問題があるとも言える。
一方、「空き家問題」も日本各地で深刻な問題となっている。人口減少や高齢化、都市部への移住などが原因で空き家が急増しており、放置された空き家は周辺地域の景観悪化や治安低下を招くだけでなく、不動産価値の低下にもつながるため、各自治体では空き家の利活用促進や解体支援などの対策を進めている。
これら2つの問題に対し、ユニークなアプローチをする会社がある。それは地域の空き家を改修し、その改修期間を活用して住居を持てない人々に住まいを提供するだけでなく、改修作業に彼らが参加することで仕事(収入)も得られる仕組み。こうした新しい取り組みが貧困の解消と空き家対策、さらには地域活性化にもつながるとして注目されている。国分寺市の合同会社Renovate Japanを取材した。
(画像左が代表・甲斐隆之さん、右が財務担当・藤﨑陽登さん)
ポイント
課題の背景・活動のきっかけ
●ホームレスの定義と住む家がない人々の現状
「ホームレス」の定義は各国で異なり、日本では「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」とされる(※1)。厚生労働省の2024(令和6)年度調査によると、路上生活をする人は全国で2,820人で、前年比8.0%減少と、調査開始以降で過去最少人数となった(※2)。しかし、いわゆる「ネットカフェ難民(住居喪失者)」は、都内だけで一晩に4,000人と推計されている(※3)。終夜営業のネットカフェ、ファーストフード店、サウナ、または友人宅などと路上を行き来しているために「ホームレス」の数に含まれていない人々を加えると、実際にはもっと多くの人が住む家がなく困窮している状況と考えられる。
※1:ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法
※2:2024(令和6)年能登半島地震の影響により石川県を除いた数
※3:2018(平成30)年東京都調査
●空き家の数・空き家率は共に過去最多
空き家とは、「1年以上誰も住んでおらず、使用されていない状態」と定義されている(国土交通省の定義)。2023(令和5)年10月時点の日本の総住宅数のうち、空き家は約900万戸と過去最多となった。2018(平成30)年と比較して約51万戸の増加であり、総住宅数に占める空き家の割合(空き家率)は13.8%と0.2ポイント上昇し、こちらも過去最高となっている。空き家の数は一貫して増加し続け、30年間で約2倍となっている(※4)。
※4:総務省「令和5年住宅・土地統計調査 住宅及び世帯に関する基本集計(確報集計)結果」
●取り組みを始めたきっかけや背景
代表の甲斐さんは、6歳で父親を亡くし、遺族年金などに救われた自身の経験から、一橋大学在学中に貧困問題を身近に意識するようになった。同大学院で統計分析を学んだ後、民間の研究所で公共事業や公共政策の調査に携わるなかで、画一的な公共政策では救えない個別具体的な事情に注目した。例えばシングルマザー(ファーザー)、精神疾患、障がいなどの事情がそれぞれの貧困問題に絡んでいること、そして解決への最も高いハードルは「家」だと分析した。一方で、近年増加が社会問題になっている空き家問題を知り、貧困と差別、空き家の社会課題にアプローチするため、合同会社Renovate Japanを2020(令和2)年10月に立ち上げた。
活動の特徴
●人×家×社会の「タテナオシ」を目指す事業
同社では2021(令和3)年より、ソーシャルビジネス「タテナオシ事業」を開始。「人と家をたてなおすこと」を目的とし、具体的にはまだ収益化されていない空き家等物件の整理・改修過程をバイト付きシェルターとして開放し、失業やDV被害などで家や仕事を失ってしまった人を家賃無償(※5)で短期間(2、3か月)受け入れる。仕事がない⼈にはその家の完成個室に住みながら整理・ 改修作業を委託し、アルバイト代を⽀払い⽣活費にしてもらう。受け入れ期間終了後には適切なセーフティーネットや就労へとつなぐ。整理・改修後の空き家はシェアハウスやゲストハウスとして同社が運営し、収益化を図る。本事業開始から2年間で受け入れた人数は5名、改修件数は6件(進行中のものも含む)。5件目として静岡県焼津市のビジネスホテル改修など、都内だけでなく、一軒家に限らず活動の範囲を広げている。
※5:水道光熱費500円のみ負担する(一泊につき)
過去に手がけた改修。左は国分寺市の大きな一軒家、右は小平市のアパート4部屋
●空き家のリノベーションで困っている人を支援するアイデア
使用されていない空き家とはいえ、誰かの資産であり、シェルターとして利用するには資金と人手が必要で、改修後は資金回収の必要もある。しかし、すでに困窮している人に改修後の賃料は払うことができない。日本のように整った国・地域であればあるほど、「家」が身分証として機能する側面があり、家がないと仕事に就けず、収入がないと家を確保できないというループにはまってしまう。この現状を考えるなかで、リノベーションをビジネス要素とし、困っている人を支援するアイデアを思いついた甲斐さん。改修中の2〜3か月間をシェルターとして活用、生活保護などにつながるまでのクッションとし、さらに仕事(収入源)も得られる社会復帰プログラムとして事業化を進めている。
●困っている人を受け入れるまでの流れ
整理・改修の⼯程で、一個室とインフラ回りが整った段階で、他の相談窓口などと連携して対象者を募る。家がなく困っている人向けの公共政策には緊急避難所(シェルター、無料低額宿泊所)があるが、相部屋で規則が厳しいところも多く、ストレスを抱える人には厳しい場合もあるため、同社では対⼈関係が苦⼿な⼈も安⼼できるよう鍵付きの個室を⽤意する。受け入れ可能な人数は少なくなるが、住む人が安らげることが重要と考えている。住む人はこの場所を住所として登録でき、気に入れば改修後も家賃を払って住み続けることができる。
改修はDIYに近い軽作業であり、経験豊富なスタッフが教えながら一緒に進めるため、初心者でもできる。また、体調が悪い時は休めるなど、様々な事情を抱えていても働きやすいように配慮されている。時給は1,200円、朝10時から17時まで働けば1日7,200円(休憩1時間、6時間労働で計算)。「週4日で1か月働けば、食費が賄えて手元にも少し残る程度の収入になる。安心して住める家で無理なく働くことで生活を立て直してほしい」と甲斐さん。
清瀬市の改修の様子。大きな一部屋を2部屋にするため間に壁を製作する
●静岡県焼津市のプロジェクトが完成間近
同社5件目のプロジェクトは、静岡県焼津市でのビジネスホテル再生である。これまでの実績を評価され、オーナーから声が掛かったという。JR東海道線の焼津駅近くにあったビジネスホテルが廃墟となり、周辺地域のイメージダウンや住民の不安を引き起こしていた。改修にあたり、同社では改修後のホテルのコンセプトを地域の人々に寄り添ったものに設定した。また、改修の一部を誰もが参加できるイベントとして実施。地域の人たち同士の交流だけでなく、貧困や生活困窮の問題に関心を持つきっかけともなった。このホテルは「CRAFTHOTEL 西町DOCK」として12月オープン予定。
●清瀬で「図書館付きシェアハウス」プロジェクトが進行中
2024(令和6)年6月から、清瀬市の閑静な住宅地にある一軒家を「図書館付きシェアハウス」にする6件目のプロジェクトが進行中(取材当時。完成は11〜12月予定)。オーナーの希望で改修後には1階リビングを住み開き(※6)し、一箱本棚オーナー制度(※7)を活用して地域の人たちが利用できる図書館として運営される。リビングに設置する本棚を作るワークショップも開催予定。現在、働きながらこの家に住みたい人を募集している。
※6:本来プライベートなスペースである自宅の一部を開放し、コミュニケーションの場として公共化すること
※7:希望する人が本棚の1区画を借り、ほかの人にすすめたい蔵書を並べる制度
上段:改修の様子と完成イメージ。中段:図書館となる1階リビング。下段:2階個室
目指す未来
家がなく困っている人を空き家の改修によって支援すること。また、この取り組みが子ども食堂のようにたくさんの人に知られるコンテンツになり、社会がより豊かになること。